わら天神宮に行ってきました
相方の安産を祈願するために、わら天神宮に行ってきました。わら天神は京都市北区にある、安産で有名な神社ということです。本当は戌の日に参拝をしたいということだったのですが、叶わず別の日に行ってきました。
安産の神社と呼ばれるようになったのは、祭られている神様が由来になっています。
木花開耶姫命(このはなのさくやひめのみこと) は山を司る大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘で大変な美人でした。葦原中国(あしはらのなかつくに)へ降臨された天孫 邇邇藝命(ににぎのみこと)と結婚して一夜にして妊娠されますが、邇邇藝命に疑いをかけられたため、天孫の子なら 無事に生まれるであろうといって、出口のない産屋にこもって火を放ち、火中で三神をお産みになりました。この故事に因み、 木花開耶姫命は安産の神様として信仰を集めているということです。
わら天神宮というのは、敷地神社が正式名称みたいです。でも、古来より稲わらで編んだ籠に神饌(お供え)を入れて神様に捧げていて、抜け落ちたわらを安産を願う妊婦が持ち帰るようになり、そのわらを切り取り、安産のお守りとして妊婦さんに渡すようになったことからわら天神宮という名前が定着したみたいです。
そんな、わら天神宮ですが、鳥居をくぐって直進後、右側に曲がると、社務所があります。
そこで、相方は安産祈祷済み御腹を購入します。
腹帯ありは7000円
腹帯なしは4000円
どちらを購入したかは、またあとで。
購入後、お参りの方法を聞きました。左の神社からお参りをして右側の神社にお参りくださいとのこと。
まずは左側の神社へ。
ここが「わら天神宮」
ここでしっかりと安産のお祈りをしてきました。
7月が出産なので、まだまだ先は長いですが、
神頼みも終わり、身体をいたわりながら相方の出産までを見守っていきます。
関係性を持つということ
私はもともといろんな人と話をすることはどちらかというと好きなほうです。
しかし、今の仕事だけを考えるとなかなか機会がなくなっている。
外に出ることが減ったためです。
東京にいたころは、常に外出をして、いろんな方と出会い、話をして
提案をして、企画が形になる仕事をしていたのですが、今は社内管理の業務。
社内のコミュニケーションはすごく広がったといういい面はあります。
ただ、プライベートと仕事ははっきり分けたい私は、仕事以外の話をそれほどしたいと感じないんですよね。
だから、コミュニケーション力が失われ始めていると感じる瞬間もあります。
何かを話さなきゃ。と感じることなんてほとんどなかったのに、心のアクセルを踏み込まないとそのエンジンが作動しません。
関係を求めるのであれば、自分から動き始めないといけません。
だけど、今の私にはアクセルを踏むというアクションを起こす必要があるんです。
前は、勝手に前に進んでいたことが進まなくなっているという現実を
人との出会いで感じることができました。
コミュニケーションを断っていると、別に何とも思わないことが、
いざ前のようにコミュニケーションを取ろうとすると、できない自分がいる。
一人でいることに対しての不安感は一切ありませんが、知らない人とつながることを拒否し続けていると、自分も保てなくなるんだということを気づかされた昨日の対話でした。
自分一人では成長もない、それに気づくこともない。
誰かとのつながりで何かを得られる。誰かと会うだけでもかけがえのないことを知った日でした。
苦手なことをはじめてみます
43歳。
ブログを始めてみようと思います。
自分の感じたことを書くことで、自分がどんなことを考えていたかのログを取ることで自分の軸を作っていく作業を行おうと思います。
誰かに伝えるということではなく、自分に後々伝えることも意識して、苦手な文章にも取り組んでみよう。
「継続は力なり」
この言葉を小学校の先生から教えてもらっていましたが、定着できない大きな課題。ブログなら、この課題が明らかになってしまう。書かなかったら記事が増えないですしね。
文章を書く、継続する。
書くことは
仕事
家族
教育
京都
身体
暮らし
一度書いた内容も修正を加えながら、
徐々に書き足しながら、自分ログ始めます。
まず、最初の文字量は301文字。
どれだけ書く力が身につくか、楽しみながら書いてみようと思います。